東京国際映画祭「アニメーション」部門でプログラミング・アドバイザーを務めていただいている藤津亮太さんが、今年のアヌシー国際アニメーション映画祭にご参加、受賞した2人の日本人監督の貴重なお話しと写真もあわせて、レポートしてくれました。ぜひお楽しみください。
2025年のアヌシー国際アニメーション映画祭は、6月8日から6月14日まで開催された。公式発表によると今年は118カ国から、18,200人(認定メンバーのみ。うち4,500人が学生)が集まった。併催される、今年創立40周年を迎えた国際マーケットMIFAには196のブースが出展され、6,550人の業界関係者が集ったという。連日30℃を超える炎天下の開催だったが、各上映やピッチなど、いずれも多くの人で賑わった。
今年は、長編短編など合わせて18本の日本作品が上映。ワーク・イン・プログレスでも2作品が紹介された。またMIFAでも日本関連のさまざまなピッチが行われ、私(藤津)も、文化庁主催のユニジャパンのピッチイベント「
Japanese Feature Animations in Progress」に進行役として登壇した。
以下、25年の映画祭とMIFAで、印象に残ったいくつかのトピックを挙げる。
湖畔に建てられた映画祭のモニュメント(撮影:藤津亮太)
まず『ChaO』(青木康浩監督)の審査員賞受賞。これは2016年以来の長編部門での受賞である。私は運良く、舞台挨拶付きの上映で見ることができた。
本作はヤングサラリーマンと人魚のお姫様のボーイ・ミーツ・ガール。シンプルな物語を、独特なキャラクターデザインやカラフルな背景美術が、華やかに彩っていた。個性的な脇役たちが様々に登場し、笑いを誘う部分も多く、観客が大いに湧いていた。
上映前に登壇した青木監督は、ユーモアたっぷりに本作の「取扱説明」を語った。「様々なキャラクターが登場し、色々なことをやって去っていきます。そして忘れたころに、その行動のオチが描かれます」「“混ぜるな危険”という言葉がありますが、この作品はゴチャ混ぜです」。こういう発言は、と笑いを誘っていたのも、印象的だった。
『ChaO』©2025「ChaO」製作委員会
青木監督 ©ANNECY FESTIVAL/E. Perdu
『Chao』の上映開始を待つ観客(撮影:藤津亮太)
第ニに同じく長編コンペティションで、瀬戸桃子監督『Planètes(Dandelion’s Odyssey)』がポール・グリモー賞を受賞したこと。同作は、フランス在住の映像作家、瀬戸監督の長編。フランス・ベルギー製作による日本人監督作品という立ち位置もユニークだが、制作スタイルもユニーク。マクロ撮影した実写の生物(ガやナメクジなど)と3DCGアニメーションを合成したスタイルで、見知らぬ惑星にたどり着いたタンポポの種子たちのサバイバルを台詞なしで描いていく。
会期中ある会合で、瀬戸監督とお会いした。そこで瀬戸監督から、いわゆるアニメーションのプロパーが、同作を“アニメーション”として受け止めるかどうか、という話が出た。私は「“アニメーション”の真ん中ではないが、これもまた“アニメーション”であると思う」と答えた。本作がコンペインし、贈賞されたということは、アヌシーのコンペティションが、“アニメーション”という表現の幅をかなり広くとっていることの証であると感じた。
『Planètes(Dandelion’s Odyssey)』2024, Miyu Productions, Ecce Films, Umedia Production, Arte France Cinéma
瀬戸監督 ©ANNECY FESTIVAL/G. Piel
MIFA関連では、10日にVIPOが実施した経産省主催の「Japan Animates the Future ? Introducing “Indie Anime” Genre and Anticipated Works from Leading Studios」が話題になった。
このピッチは、前半が、日本における個人制作アニメの、ハッシュタグ「#indie_anime」を軸にした盛り上がりについて、STUDIO ALBLEのワタナベミズキ、こむぎこ2000、はなぶしの三者が解説をするというもの。後半は6つのスタジオが開発中の企画についてピッチを行った。これが(学生も入れる一番間口の広いレギュレーションでの開催とはいえ)開場前から長蛇の列だった。結果、私も入れなかったし、10日は様々な人と会うたびにお互いに「入れましたか?」「入れませんでした」という会話をすることになった。入場した方から説明をきいてみると、会場には若い人も多く、自分でも個人制作をやっている学生の関心を呼んだのではないか、とのこと。
私なりにイメージしてみると、従来の個人作家のアニメーションはオーセンティックな美術教育と親和性が高く、このピッチで取り上げられたインディアニメはむしろ商業イラストレーションと親和性が高い。この2極に、テレビや映画館で上映されるメジャー流通のアニメ作品(これも監督を主体とした作り手に軸足があるものと、原作に軸足があるものの2極がある)を加えた、4極が(分裂せず)なだらかにグラデーションで地続きになっているのが、今の日本の「アニメーションの空間」であろう。ここ20年ほどの間に「日本のアニメーション」を構成する1極となった分野が、正面から世界に紹介されたのは意味があったと思う。
以上のようなトピックとは別に、さまざまなところで聞いた話題として挙げられるのが「アヌシーは大きくなりすぎた」という意見。私は今回が初参加だから比較はできないが、確かに上映本数もピッチも非常に多く、個人ではもう全体の把握が困難な規模であるのは間違いない。コンペ作の予約の競争もなかなか激しく、かつ1日に予約できる映画の本数に上限があるので、全作を見ようとするとなかなかの努力が必要である。来年は新たな拠点として「Cité Internationale du Cinéma d’Animation」がオープンすることもあり、さらに大々的な開催になるのではないだろうか。
こうした現状に対して、「興行価値とはオルタナティブな価値を創出するであろう映画祭が、商業主義優位になってしまっている」という声はあるし、それは至極自然な懸念である。ただ日本のアニメ産業に限っていうと、日本の個性的なオリジナル映画企画を模索する方向性が、幸運にもアヌシーの拡大路線とクロスしたことによって、光が当たりやすくなったという傾向も否めない。今後アヌシーがどう変化していくかはわからないが、現在の状況は、個性的なアニメーション映画の担い手として様々な制作会社・クリエイターが世界で認知されていく好機であることは間違いない。昨年、ワーク・イン・プログレスに参加し、今年コンペインした木下麦監督『ホウセンカ』(CLAPアニメーションスタジオ制作)のような挑戦が続いてほしいものだということを強く感じた。
『ホウセンカ』©此元和津也/ホウセンカ製作委員会
東京国際映画祭「アニメーション」部門でプログラミング・アドバイザーを務めていただいている藤津亮太さんが、今年のアヌシー国際アニメーション映画祭にご参加、受賞した2人の日本人監督の貴重なお話しと写真もあわせて、レポートしてくれました。ぜひお楽しみください。
2025年のアヌシー国際アニメーション映画祭は、6月8日から6月14日まで開催された。公式発表によると今年は118カ国から、18,200人(認定メンバーのみ。うち4,500人が学生)が集まった。併催される、今年創立40周年を迎えた国際マーケットMIFAには196のブースが出展され、6,550人の業界関係者が集ったという。連日30℃を超える炎天下の開催だったが、各上映やピッチなど、いずれも多くの人で賑わった。
今年は、長編短編など合わせて18本の日本作品が上映。ワーク・イン・プログレスでも2作品が紹介された。またMIFAでも日本関連のさまざまなピッチが行われ、私(藤津)も、文化庁主催のユニジャパンのピッチイベント「
Japanese Feature Animations in Progress」に進行役として登壇した。
以下、25年の映画祭とMIFAで、印象に残ったいくつかのトピックを挙げる。
湖畔に建てられた映画祭のモニュメント(撮影:藤津亮太)
まず『ChaO』(青木康浩監督)の審査員賞受賞。これは2016年以来の長編部門での受賞である。私は運良く、舞台挨拶付きの上映で見ることができた。
本作はヤングサラリーマンと人魚のお姫様のボーイ・ミーツ・ガール。シンプルな物語を、独特なキャラクターデザインやカラフルな背景美術が、華やかに彩っていた。個性的な脇役たちが様々に登場し、笑いを誘う部分も多く、観客が大いに湧いていた。
上映前に登壇した青木監督は、ユーモアたっぷりに本作の「取扱説明」を語った。「様々なキャラクターが登場し、色々なことをやって去っていきます。そして忘れたころに、その行動のオチが描かれます」「“混ぜるな危険”という言葉がありますが、この作品はゴチャ混ぜです」。こういう発言は、と笑いを誘っていたのも、印象的だった。
『ChaO』©2025「ChaO」製作委員会
青木監督 ©ANNECY FESTIVAL/E. Perdu
『Chao』の上映開始を待つ観客(撮影:藤津亮太)
第ニに同じく長編コンペティションで、瀬戸桃子監督『Planètes(Dandelion’s Odyssey)』がポール・グリモー賞を受賞したこと。同作は、フランス在住の映像作家、瀬戸監督の長編。フランス・ベルギー製作による日本人監督作品という立ち位置もユニークだが、制作スタイルもユニーク。マクロ撮影した実写の生物(ガやナメクジなど)と3DCGアニメーションを合成したスタイルで、見知らぬ惑星にたどり着いたタンポポの種子たちのサバイバルを台詞なしで描いていく。
会期中ある会合で、瀬戸監督とお会いした。そこで瀬戸監督から、いわゆるアニメーションのプロパーが、同作を“アニメーション”として受け止めるかどうか、という話が出た。私は「“アニメーション”の真ん中ではないが、これもまた“アニメーション”であると思う」と答えた。本作がコンペインし、贈賞されたということは、アヌシーのコンペティションが、“アニメーション”という表現の幅をかなり広くとっていることの証であると感じた。
『Planètes(Dandelion’s Odyssey)』2024, Miyu Productions, Ecce Films, Umedia Production, Arte France Cinéma
瀬戸監督 ©ANNECY FESTIVAL/G. Piel
MIFA関連では、10日にVIPOが実施した経産省主催の「Japan Animates the Future ? Introducing “Indie Anime” Genre and Anticipated Works from Leading Studios」が話題になった。
このピッチは、前半が、日本における個人制作アニメの、ハッシュタグ「#indie_anime」を軸にした盛り上がりについて、STUDIO ALBLEのワタナベミズキ、こむぎこ2000、はなぶしの三者が解説をするというもの。後半は6つのスタジオが開発中の企画についてピッチを行った。これが(学生も入れる一番間口の広いレギュレーションでの開催とはいえ)開場前から長蛇の列だった。結果、私も入れなかったし、10日は様々な人と会うたびにお互いに「入れましたか?」「入れませんでした」という会話をすることになった。入場した方から説明をきいてみると、会場には若い人も多く、自分でも個人制作をやっている学生の関心を呼んだのではないか、とのこと。
私なりにイメージしてみると、従来の個人作家のアニメーションはオーセンティックな美術教育と親和性が高く、このピッチで取り上げられたインディアニメはむしろ商業イラストレーションと親和性が高い。この2極に、テレビや映画館で上映されるメジャー流通のアニメ作品(これも監督を主体とした作り手に軸足があるものと、原作に軸足があるものの2極がある)を加えた、4極が(分裂せず)なだらかにグラデーションで地続きになっているのが、今の日本の「アニメーションの空間」であろう。ここ20年ほどの間に「日本のアニメーション」を構成する1極となった分野が、正面から世界に紹介されたのは意味があったと思う。
以上のようなトピックとは別に、さまざまなところで聞いた話題として挙げられるのが「アヌシーは大きくなりすぎた」という意見。私は今回が初参加だから比較はできないが、確かに上映本数もピッチも非常に多く、個人ではもう全体の把握が困難な規模であるのは間違いない。コンペ作の予約の競争もなかなか激しく、かつ1日に予約できる映画の本数に上限があるので、全作を見ようとするとなかなかの努力が必要である。来年は新たな拠点として「Cité Internationale du Cinéma d’Animation」がオープンすることもあり、さらに大々的な開催になるのではないだろうか。
こうした現状に対して、「興行価値とはオルタナティブな価値を創出するであろう映画祭が、商業主義優位になってしまっている」という声はあるし、それは至極自然な懸念である。ただ日本のアニメ産業に限っていうと、日本の個性的なオリジナル映画企画を模索する方向性が、幸運にもアヌシーの拡大路線とクロスしたことによって、光が当たりやすくなったという傾向も否めない。今後アヌシーがどう変化していくかはわからないが、現在の状況は、個性的なアニメーション映画の担い手として様々な制作会社・クリエイターが世界で認知されていく好機であることは間違いない。昨年、ワーク・イン・プログレスに参加し、今年コンペインした木下麦監督『ホウセンカ』(CLAPアニメーションスタジオ制作)のような挑戦が続いてほしいものだということを強く感じた。
『ホウセンカ』©此元和津也/ホウセンカ製作委員会