10/29(水)に、黒澤明の愛した映画『羅生門』上映後に、西村雄一郎さん(右・映画評論家)をお迎えし、トークショーが行われました。司会は島 敏光さん(左・エッセイスト)です。
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島 敏光さん(以下、島さん):75年も昔の映画、これだけたくさんの人に来ていただいて、本当に嬉しく思っております。進行をお手伝いする島と申します。よろしくお願いいたします。まず、この「黒澤明の愛した映画」が始まったのは、「黒澤明賞 」が復活した4年前からなんですけれども、黒澤明さんというのは、昔から「黒澤シアター」という映画館を持ちたいという、そんな夢を持っていたようです。というのは、日本では、当時の黒澤さんの言葉としては、いいなと思う映画に限ってあんまり長く上映されない。そして、古い良い映画を見る機会が少なくなっている。だから自分はそういう映画を多くの人に見てもらいたい。そういう「黒澤シアター」を作りたいという風に言っていたんですけれども、それが叶わぬまま、この世から去ってしまって。そして、「黒澤明賞」が始まるという時に、黒澤プロダクションの方が「黒澤賞をやるんでしたら、黒澤明の好きだった映画をみんなに見てもらう特集上映を作っていただけませんか?」ということでこの特集上映が登場したんです。
というわけで、皆さんの中では「どうしようかな、映画が終わって。時間も時間だから帰ろうかな」と思っている方もいたかもしれませんが、ぜひ聞いていっていただいたほうがいいかと思います。今からご紹介するのは、映画評論家で、そして黒澤を語らせたら間違いなく日本一と言われている方でございます。
黒澤のためだったら、どこからでもやってくるぞということで、佐賀に住んでおりますけれどもね、この日のためにやってきてくれました。ご紹介しましょう。西村雄一郎さんです、どうぞ。一言ご挨拶をお願いいたします。
西村雄一郎さん(以下、西村さん):こんにちは。西村雄一郎です。今日の『羅生門』、久しぶりに観たけど、音がいいですね。もうあの、三船(敏郎)さんの声がちゃんと聞こえてびっくりしたんだよ。
島さん:普段聞き取れないですからね。
西村さん:普段聞こえないですよね、この人の声ね。
島さん:みんなが気になっている、これ(『羅生門』)がベネチアで大きな賞(第12回ベネチア国際映画祭 金獅子賞) を獲って、それまであんまり話題にもなっていなかったという…。
西村さん:そうです、そうです。キネマ旬報でもベストテンの5位か6位だったかな。あんまりね、当時日本で評判良くなかったんですよ。なんで評判が良くなかったかっていうと、理由はですね、みんなね、ミステリーだと思っていたんですって、当時。だから3つ、4つ話があって、当然、最後に結末はこれだってのが来ると思ってたんですって。それでみんな「何これ?」って思っちゃったのが当時の反応だったらしいですね、どうも聞いてみたら。だけど、この映画のテーマっていうのは、人間は自分の都合のいいことしか言わないんだっていうのがテーマでね。4つ全部結論なくボンっと放り投げた結果がね、これがやっぱり世界に受け入れられたんですよ。
島さん:今観ると、本当に分かりやすい映画なような気がするけど、当時の75年前の日本人からするとちょっとモヤモヤする映画だったんでしょうかね。
西村さん:こういう形式ってのがまだなかったんでね、それがやっぱり斬新だったんですよね。
島さん:それでは、黒澤研究家として名高い西村さんからこの映画の重要なポイントは何か、教えてください。
西村さん:この映画でね、必ず問題になるのはラストシーンなんですよ。ラストシーンは、もうほら、木こりの志村 喬さんが赤子を拾って、6人も7人も育てるのは同じだっつって、帰っていくというラストシーンなんですよね。で、実はこれ、原作にはないんですね。黒澤明が赤子のエピソードを付け足して、それが必ず問題になる。問題になるっていう理由は、この映画は、人間ってのは信じられないもんだっていうのがテーマですよ。それが最後にもう一回ね、なんかこう、人間を引き戻して人間の信頼が戻った。私は実は、パリのシネマテークでこの映画を観たんですよ。超満員だったんですよ。で、その時、ラストシーンにね、赤子のエピソードのとこで、「ヒューマニズムが戻ってきた」って訳がフランス語であったけど、みんな(観客は)ワッと笑いましたね。
それで私、黒澤さん本人に、生意気にもね、「監督、あの赤子のエピソードはないほうがいいんじゃないですか?」って(笑)
島さん:なんてこというんですか?
(会場笑い)
西村さん:いや、だけど、ないほうがいいっていう人もいるんですよ。だって、テーマがやっぱりあそこで逆転してるからね。そしたら黒澤さんが言ったのが「君ね、あのシーンを付けなかったら映画館を出る時に気持ちが悪いだろう」って言ったんだよね。分かるでしょう?
島さん:昨日のトークショーでも話しましたが、黒澤明さんは僕の叔父ということで子どもの頃からずっと一緒だったんですけども、「あれ」が黒澤さんなんですよ。
西村さん:そこが大事なの。「あれ」が、あのラストシーンを付けざるを得ないのが黒澤さんなんですよ。だからね、黒澤さんって基本的にヒューマニストなんですよ。
島さん:そうなんですよ。優しい人なんです。
西村さん:もうね、人間を信じたいっていう人です。あの、先月『乱』 (85)を別のところでやって解説したんだけど、『乱』というのはね、人間不信の、非常に珍しい人間不信の映画ですよね。ところが結果的に遺作の『まあだだよ』 (93)で、もう一回、やっぱり人間を信じたいっていう思いになってるっていうところが黒澤さんらしい。
島さん:ここで、ちょっと話題を変えて技術的なところにいきたいんですけど。照明、音楽、あらゆる面で西村さんから見たポイントはどこですか。
西村さん:テーマっていうのは非常に普遍的なことを言ってんだけど、技術がすごいんですよ。これはね、やっぱりね、映画を勉強する人間にとってのテキストです。まずね、何がすごいかっていったら、宮川一夫のカメラ。それから音楽、早坂(文雄)さんの音楽ですね。特に宮川さんのカメラは、これ秀逸でね。一番最初、羅生門に雨が降ってくる場面は有名な話ですけど、後ろが白でしょ?白なんでね、「黒い雨降らせろ」といって消防ポンプの中に墨汁を入れたっていうんですよ。それで黒い雨が降ったっていうんだもん(笑)
島さん:あの当時、太陽に向かってカメラを向けるのはもちろんタブーだったんだけども、もしかしてメジャーな映画ではあれが初めてでしょうか。
西村さん:そうです。あの当時、太陽に直接カメラを向けるとレンズが割れるっていわれてたんですよ。それをね、やっちゃってるんだよね。やっちゃってるってのは、木陰のところでチラチラ、チラチラ太陽が見えてるでしょ?あれをね、世界が一斉に真似たんですよ。あの「太陽移動ショット」っていうんだけど。木こりが、志村さんが歩いていく時に太陽を下から見上げて太陽がキラキラ、キラキラっていうね。スウェーデンのイングマール・ベルイマンが真似てますね。
島さん:この太陽と並んでるそのシーンもすごかったんですけども、あの時に流れる独特の音楽も見事。そしてそのあとですね、これは早坂さんの曲ではないんですが、京マチ子 さんが出てくると長いラヴェルが流れて。
西村さん:その話の前にね、もう一点。黒澤さんが、この映画のテーマってのは夏の暑さが人を狂わすんだと。で、どうやって映像で夏の暑さを出すか。何だと思います?
島さん:やっぱり、太陽ショット、汗、影…。
西村さん:よくあるでしょ?これがね、影なんですよ。この映画は要するに黒澤さんからいわせると、「夏の影」っていうのは、境目があるじゃないですか。境目のグラデーションが長くなるんだって。夏の影ってのはクキッとなるんです、グラデーションがね。だからそのクキッとしたコントラストの強さを作るためにですね、森の中に鏡を持ってきて、その鏡で太陽光線を当てたっていうんですよ。だから全員ね、太陽光線を当てられてるんで目がやられたっていうんですよ。
島さん:仲代達矢さんも、あの『用心棒』(61) で砂と風で目やられたって。
西村さん:やられた、そう、そう。アレルギーになっちゃったって話をしてた。いろんな人の目にね。もうね、本当に後先のこと考えないんだよね、黒澤監督は。
次は音楽の話。音楽は早坂さんでね、この映画(『羅生門』)って黒澤明の映画の30本の中で一番音楽の量が多いんですよ。
島さん:多いですね。
西村さん:多いですよ、これ。黒澤さんには珍しく、最初から最後まで音楽が付いてるって珍しいです。その中でも特に、2番目の京マチ子さんが証言する時に、9分間あるんですよ、あそこ。で、そこに「ボレロ」を入れてるんですよ。「ボレロ」ってのは、元々はスペインの舞曲なんだけど、リズムがタンタタタタン、タンタタタタン。で、タンタタタタンを基調にして、『羅生門』の音楽が付けられてるんですよ。特に2番目の真砂のとこはですね、実はこの映画をフランスで上映した時に、モーリス・ラヴェル って作曲家の「ボレロ」の剽窃ではないか、コピーじゃないのか?って文句が来たって。
島さん:黒澤さんは、リアルタイムの音が聞こえてくるのはいいと。ただ、その感情を揺さぶるためにBGMをつける。まして、大きい音でつけるのは、「ミッキーマウシング」っていうんだと。ミッキーマウスが指揮している時みたいな。だから、あんまり僕は好きじゃないんだという話は何回か聞いたんだけども、なんであんなに入ってたんですかね?
西村さん:それはね、私、訊いたんですよ、黒澤さんに。その前に、あの音楽って早坂さんに黒澤さんが「音楽のイメージがあるから、この音楽でやってくれ」ってレコードで示すんですよ。それで、ラヴェルの「ボレロ」を早坂さんにこれでやれといって見事な「早坂ボレロ」に編曲しちゃったんですよ。だから元は、ラヴェルの「ボレロ」なんです。
島さん:やはり音楽的に作りたいっていう意向があったのですかね?
西村さん:それも訊いた。「なんであそこでボレロが効果的だと思ったんですか?」って訊いたら高揚感だって言ってましたよ。つまり、ラヴェルのボレロっていうのは最弱音からクレッシェンドでいくでしょ?バーーって。このクレッシェンドってオスティナートって用語があって、オスティナートは繰り返すってこと。14回繰り返すんですよ、ラヴェルは。それで感覚を心理学的に狂わせるんですよ。
実は真砂がだんだん、自分が証言していくなかで陥ってくる恍惚感。あれはセックスを意図しているんですよ。だんだん高揚していくその瞬間、「ボレロ」が絶対にいいBGMと見抜いたんだよね。
島さん:まだまだね、喋りたいことあると思うんですけどもね、時間もすでに押してるので、残念ながらここまでということで。また来年来てください。ありがとうございました。