エシカル・フィルム賞は、映画を通して環境、貧困、差別といった社会課題への意識や多様性への理解を広げることを目的として、2023年、住友商事の協力によって新設されました。東京国際映画祭にエントリーされたすべての新作の中から「人や社会・環境を思いやる考え方・行動」という「エシカル」の理念に合致する優れた 3 作品をノミネートした後、審査委員会で 1 作品を選出します。昨年のエシカル・フィルム賞は、第74回ベルリン国際映画祭で金熊賞を受賞したドキュメンタリー作品『ダホメ』が受賞しました。
◆関連ニュース:
2025/10/30:エシカル・フィルム賞が『カザ・ブランカ』に決定。審査委員長の池田エライザは「他者を思いやることの美しさを静かに描いた作品」と賞賛
2025/11/11:池田エライザ審査委員長、学生審査委員とともに議論 『カザ・ブランカ』がエシカル・フィルム賞
11/11更新:
池田エライザ審査委員長、学生審査委員とともに議論
『カザ・ブランカ』がエシカル・フィルム賞
2025年10月29日、本年度の「エシカル・フィルム賞」に、ブラジル郊外で暮らす家族の絆と介護をテーマにした社会派青春ドラマ『カザ・ブランカ』(監督:ルシアーノ・ヴィジガル)を選び、11月4日に授賞式を行った。審査委員長は俳優・歌手・映画監督の池田エライザさんが務め、第38回東京国際映画祭の学生応援団から選抜された魚住宗一郎さん(慶應義塾大学3年)、須藤璃美さん(獨協大学3年)、津村ゆかさん(東洋大学4年)の3名が審査委員として参加。社会課題や人間の尊厳をつぶさに描いた3本のノミネート作品をめぐり、活発な議論を交わした。この記事では、都内で行われた審査会の要旨を紹介する。
©2025 TIFF
ノミネート作品は以下の通り。
『アラーの神にもいわれはない』(フランス、監督:ザヴェン・ナジャール、83分)
『キカ』(ベルギー/フランス、監督:アレックス・プキン、110分)
『カザ・ブランカ』(ブラジル、監督:ルシアーノ・ヴィジガル、95分)
池田さん「エシカル、個々の思いの積み重ね」
池田: エシカルを含めた社会的テーマは結局、ひとりひとりの悩みや思いの積み重ねだと思います。だから、今日はあくまで“個人的にこう思った”という感じでいいんじゃないかなと思っています。大きなテーマを背負って語るような場ではなくて、「ここが良かった」とか「ここがちょっと気になった」とか、率直な話ができたらうれしいです。
私はもう好きな作品が決まってしまっているので(笑)、逆にみんなの意見を聞きたいなと思っています。みんながどう感じたのか、それを共有できる時間にしたいです。
『アラーの神にもいわれはない』
鮮やかな色彩の中に生きる少年のまなざし
池田: 彩度の高い映像で、残酷すぎる現実とのコントラストが印象的でした。どのカットも絵として完成していて、美しさの中に現実の緊張感が流れています。少年の言葉づかいや表情も自然で、物語を感じました。最後に辞書を手渡される場面では、語り継ぐ思いと希望が伝わってきました。
須藤: 人を殺しあうという異常な世界で、正気を保つ難しさを感じました。少年兵という重いテーマを、真正面からではなく少年の目を通して描いているせいか、ひとつひとつの描写がやさしくて、観る人が自分の中で言葉を探したくなる映画でした。
魚住: カラフルでポップな造形の奥に、深い痛みや人の尊厳が息づいていました。少年の目線だからこそ、すべてを説明せずに感情で伝わる力がある。少年兵の世界を初めて知って、何ができるか考えさせられました。学びの多い映画で、対話を生む構成がとても印象的でした。

津村:SNSの時代に生きる私たちは「私はこれを支持します」と自分の考えを示すことが当たり前にできるし、意思表示が簡単だけれど、この映画では、信念を曲げてでも生きることが精いっぱいの正しさとして描かれていました。それがすごく苦しかった。最後に彼が手にする辞書は、自分の言葉で語る権利を取り戻す象徴のように思えます。
池田: 実写では子役に追体験を強いるところ、アニメーションだからこそ、過酷な出来事を柔らかく受け止められるところがありました。美しさと現実の厳しさが拮抗する中で、少年が受け取る“語り継ぐ意志”が希望として残りました。
『KIKA』
頼ることを肯定する、静かな回復の物語
池田: 会話やシーンのディテールが本当に素敵だなと思いました。恋に落ちる時の言葉とか、おねしょを片付けているシーンの空気感とか。そういう小さな瞬間から人のあたたかさが伝わってくる。セックスワークという題材を扱いながら、重く描こうとしていないのがいいですよね。あくまで人と人として描いていて、すごく誠実。観終わったあとに女子会したくなる映画ですね。語りたくなる映画。
津村:わかります!正直いちばん共感できたのは『キカ』でした。彼女は社会福祉士として人を支える仕事をしているけれど、いざ自分が支えられる立場になったときには、助けを求めることができない。本来シンプルであるはずの“助ける”という行為が、とても難しく見える瞬間がある。その点で、セックスワークという仕事はもっと直接的で、誰かを確かに救っているという実感を得られるのかもしれません。

魚住: 僕は主人公のKIKAの友人の視点でもすごく刺さりました。助けたいと思っても、どう踏み込めばいいかわからない。でも彼女が何も言わなくても、そばにいるだけで意味があるんだって、観ながら思いました。
池田: みんな不器用だね(笑)。その不器用さが愛おしい。年齢を重ねると、与えるのは得意でも受け取るのが苦手になっていくけど、この映画はそのかたさをやわらげてくれる。「頼っていいんだよ」って、そっと背中を押してくれる感じ。
須藤: うん、すごくやさしいですよね。あと、頼ることって、やっぱり恥ずかしいことだと思っちゃうじゃないですか。でもこの映画は、それを“人として自然なこと”として描いていて。助けられる側になるのも、ちゃんと生きてる証なんだなって思えました。
池田: そうそう。なんかハッシュタグにすると全然伝えきれないタイプの映画(笑)。言葉にすると軽くなっちゃうんだけど、実際に観るとちゃんと沁みるんですよね。誰かに優しくなりたくなるし、ちょっと連絡とってみようかなって思える。
魚住: うん。観終わったあと、しばらく静かに余韻が残る感じ。なんか、助けを求める勇気ってこういうことなんだなって。
池田: ほんとそう。自分を支えてくれる人にありがとうって言いたくなる。観た後に、女子会でも飲み会でもいいけど、語りたくなる映画です。
『カザ・ブランカ』
ふれあいが日常を支える——ブラジルの街に流れる優しさ
池田: この映画、最初から最後まで“ふれあい”がいちばん多かったと思います。おばあちゃんを洗ってあげたり、なでたり、キスをしたり。その距離の近さが本当に自然で、家族や街の人の温かさが伝わってきました。音楽も映像もブラジルで攻めてくる感じで(笑)、重いテーマなのに明るくてリズムがあって、見ていて心地よかったです。
須藤: そうそう。介護を犠牲じゃなくて愛として描いているのが印象的でした。おばあちゃんに触れる手の優しさとか、どこに行くにも一緒に連れていく姿とか。多様なジェンダーの友人も説明なしで自然に「そこにいる」のがいいですよね。特別扱いしないで、そのまま描いている。社会がこうあってほしいなと思いました。
池田: わかります。私もフィリピンで生まれてスラムを見てきたこともあって、貧困の中でも“願い続けるしかない”人たちの姿にすごく共感しました。誰かを救うとか助けるじゃなくて、ただ一緒にいる。それが愛なんですよね。
津村:誰も被害者のふりをしないのがいいですよね。みんな問題を抱えているし、経済的に豊かではない。それでも、困っている他者に手を差し伸べている姿が印象的でした。
須藤: この映画って、決定的な悪者がいないんですよね。「白人が黒人を搾取する」みたいなステレオタイプを、強調しすぎないところがいいなと思いました。日常の中にある小さな違和感として描かれているように感じました。

魚住:僕も『カザ・ブランカ』は、ラテンな音楽が映画の雰囲気をポップにしていてとても楽しく見ることができました。助けを求めるまでの『キカ』とは対照的に、理想の助け合いがある映画です。はばかることなく身近な人同士で助け合うことのできる姿はとても素晴らしい。
池田: 確かにそういうさりげない差をちゃんと描けている。ブラジルらしい空気感の中で、それでも人が優しく生きてる感じがしました。
池田: 私が育った福岡の街もそうでした。隣のおばちゃんが「雨降っとるよ」って言って勝手に洗濯物を取り込んでくれるような(笑)。『カザ・ブランカ』にはそういう“街全体の思いやり”がありました。スラムを暴力の象徴にせず、生活の明るさの中で人がつながっているのがすごくいい。
津村:本当にみんなラブリー!見終わったあとに人に優しくしたくなる映画。「あなたの痛みを教えてよ」という態度じゃなくて、もうすでに手を握っている。特別なことじゃなくて、日常の中にある優しさこそがエシカルの概念なのかも。
満場一致で『カザ・ブランカ』に
審査会の最後、池田さんが「『アラーの神にもいわれはない』派?『KIKA』派?」と問いかけると、学生審査委員3人は少し沈黙。池田さんが「……いない?(笑)」と続けると、魚住さんが「『カザ・ブランカ』がいいと思います」と応じた。池田さんが「決まりー!」と宣言、満場一致で『カザ・ブランカ』に決定した。

池田さんは「3本とも本当に素晴らしい作品でした。どれも劇場で観てほしいです」と語った。「『KIKA』は逃げ場のない劇場という場所で観て、主人公たちの逃げ場のなさを体感してほしい作品。『アラーの神にもいわれはない』は想像して寄り添う力をくれる。そして『カザ・ブランカ』は愛や助け合いを生活の明るさの中で描いていて、人にすすめたくなる映画です」とまとめた。
10/30更新:
10月29日(水)、エシカル・フィルム賞の審査委員会が実施され、本年度の受賞作品がブラジル映画『
カザ・ブランカ』に決定しました。この作品は、11月5日(水)19時15分からTOHOシネマズ シャンテ スクリーン2で上映されます。
→ チケット購入はコチラ
受賞作品『
カザ・ブランカ』:
→ 作品詳細
リオデジャネイロ州チャトゥバ郊外に住む少年デーは、家賃や医療費の支払いもままならないなか、親友らの助けを借りながらアルツハイマー病の祖母とふたり暮らしをしている。余命わずかな祖母の看病を通じて、深い友情で結ばれる3人のティーンエイジャーを描いた社会派青春ドラマ。2024トリノ国際映画祭で上映。
監督:
ルシアーノ・ヴィジガル

ブラジルの映画監督、脚本家、俳優。都市のスラム出身者の視点から社会的リアリティや周縁化されたコミュニティを描くことで知られている。
審査委員長 池田エライザ コメント:
今回の選考にあたっては、ノミネートされた3本の作品を「個人としてどう感じたか」という視点を大切にしました。“エシカル”という概念には正解がなく、それぞれの感性の中にある他者への眼差しや願望が、最も誠実な答えになると思うからです。
『カザ・ブランカ』は、他者を思いやることの美しさを静かに描いた作品でした。登場人物たちは、血のつながりを超えて支え合いながら日々を生きています。特に印象的だったのは、アルツハイマーを患う祖母を介護する主人公の姿です。本来なら学校に通っていてもおかしくない年齢でありながら、彼はいやいやではなく、撫でたり、おでこにキスをしたり、思い出話を聞かせたりと、自然な愛情で寄り添っていました。その優しさが地域の人々にも伝わり、皆が当然のように手を差し伸べる姿がとても温かかったです。
多様性という観点から見ても、個性を特別視して描くわけではなく、ただ共に生きているというナチュラルな表現をなされていて素敵でした。閉ざされた環境の中で、彼らが不器用にゆっくりと歩みを進める姿には、せわしない現代を生きる私たちが忘れかけた“人の時間”が流れています。ラテンのサウンドに身を委ねながら、様々な愛の形を目撃していただきたいです。
東京国際映画祭 エシカル・フィルム賞受賞作品『
カザ・ブランカ』上映:
日時:11月5日(水)19:15(18:55開場)上映時間95分
会場:TOHOシネマズ シャンテ スクリーン2
→ チケット購入はコチラ
↑ページTOPへもどる
9/24更新:
■エシカル・フィルム賞の審査委員長が池田エライザに決定!
本年度の審査委員長には、俳優・歌手・映画監督などクリエイティブな領域で幅広く活躍中の池田エライザ氏の就任が決まりました。また、多くの若い人たちに関心を持っていただくため、東京国際映画祭の
学生応援団から選抜された3名が審査委員を務めます。
審査委員⻑:池田エライザ(俳優・歌手・映画監督)
審査委員:第38回東京国際映画祭 学⽣応援団
魚住宗一郎(慶応義塾大学2年)、須藤璃美(獨協大学3年)、津村ゆか(東洋大学4年)
受賞作品の授賞式および審査委員長の池田エライザ氏が登壇するトークセッションを 11月4日(火)に開催する予定です(詳細は追って公式HP等でご案内します)。
なお、本年度のノミネート作品は、10月1日のラインナップ発表記者会見の中で発表いたします。
■池田エライザ コメント
私は信じています。映画は世界を変えることができると。一本の映画が生まれるまでには、幾千もの判断が積み重ねられています。その一つ一つに作り手の魂や祈りが込められているからこそ、液晶を超えて人々の心に訴えかける作品となるのだと思います。そして“エシカル”という視点は、その力をより確かなものにする。この賞はただの評価ではなく、未来への祈りであり、宣言です。審査委員長として、その祈りを受けとめ、全身で作品と向き合いたいと思います。
◆池田エライザ プロフィール
1996年4月16日生まれ、福岡県出身。2011年公開の映画で俳優デビュー。近年では、Netflix『地面師たち』、TBS日曜劇場『海に眠るダイヤモンド』 、主演映画『リライト』に出演。主演ドラマのNHK総合『舟を編む~私、辞書つくります~』が、独「ワールド・メディア・フェスティバル2025」で金賞を受賞した。監督作品としては、福岡県田川市を舞台にした長編映画『夏、至るころ』(2020年12月公開)で原案・監督を務めた。「第21回全州国際映画祭」シネマ・フェスト部門に正式招待。「第23回上海国際映画祭」のインターナショナル・パノラマ部門に出品。「エル シネマアワード 2020」の「エル・ガール ニューディレクター賞」を受賞した。2022年には、“命を食べる”というテーマの短編映画『MIRRORLIAR FILMS』Season4『Good night PHOENIX』を公開した。
↑ページTOPへもどる
エシカル・フィルム賞 授賞式・トークセッション参加希望のお申込み受付は終了しました。
エシカル・フィルム賞 授賞式&トークセッション:
日程:
11月4日(火)18時30分―20時(18時受付開始)*予定
会場:丸の内エリア特設会場(詳細は当選者の方にご連絡します)
出席者:
池田エライザ(審査委員長)、
TIFF学生応援団(審査委員)
受賞作品の授賞式に引き続き、審査委員長の池田エライザが、審査委員をつとめた学生応援団3名とともに審査を振り返り、映画がエシカルな社会実現のためにできることを考えるトークセッションを実施します。
*一般観覧は、事前に当選通知をお送りした方のみ可能です。一般来場者の方の当日の入場はできませんのでご注意ください。
*トークセッション会場ではノミネート3作品『
アラーの神にもいわれはない』(アニメーション部門)、『
キカ』『
カザ・ブランカ』(以上ワールド・フォーカス部門)の上映はありません。
ノミネート作品の鑑賞をご希望の方は、作品の上映スケジュールを確認の上、一般上映で鑑賞ください。
*受賞作品の上映は、TOHOシネマズ・シャンテScreen2にて11月5日(水)19:15〜(18:55開場)に予定されています。ぜひご鑑賞ください。
→
『東京国際映画祭 エシカル・フィルム賞受賞作品上映』
(応募要項)
募集人数:20名様(入場無料、応募者多数の場合は抽選になります)
募集期間:10月2日(木)~10月15日(水)23:59まで
*10月21日(火)(予定)に、当選者のみにメールにて当選通知をご案内いたします。
協力:
↑ページTOPへもどる
↑ページTOPへもどる
エシカル・フィルム賞は、映画を通して環境、貧困、差別といった社会課題への意識や多様性への理解を広げることを目的として、2023年、住友商事の協力によって新設されました。東京国際映画祭にエントリーされたすべての新作の中から「人や社会・環境を思いやる考え方・行動」という「エシカル」の理念に合致する優れた 3 作品をノミネートした後、審査委員会で 1 作品を選出します。昨年のエシカル・フィルム賞は、第74回ベルリン国際映画祭で金熊賞を受賞したドキュメンタリー作品『ダホメ』が受賞しました。
◆関連ニュース:
2025/10/30:エシカル・フィルム賞が『カザ・ブランカ』に決定。審査委員長の池田エライザは「他者を思いやることの美しさを静かに描いた作品」と賞賛
2025/11/11:池田エライザ審査委員長、学生審査委員とともに議論 『カザ・ブランカ』がエシカル・フィルム賞
11/11更新:
池田エライザ審査委員長、学生審査委員とともに議論
『カザ・ブランカ』がエシカル・フィルム賞
2025年10月29日、本年度の「エシカル・フィルム賞」に、ブラジル郊外で暮らす家族の絆と介護をテーマにした社会派青春ドラマ『カザ・ブランカ』(監督:ルシアーノ・ヴィジガル)を選び、11月4日に授賞式を行った。審査委員長は俳優・歌手・映画監督の池田エライザさんが務め、第38回東京国際映画祭の学生応援団から選抜された魚住宗一郎さん(慶應義塾大学3年)、須藤璃美さん(獨協大学3年)、津村ゆかさん(東洋大学4年)の3名が審査委員として参加。社会課題や人間の尊厳をつぶさに描いた3本のノミネート作品をめぐり、活発な議論を交わした。この記事では、都内で行われた審査会の要旨を紹介する。
©2025 TIFF
ノミネート作品は以下の通り。
『アラーの神にもいわれはない』(フランス、監督:ザヴェン・ナジャール、83分)
『キカ』(ベルギー/フランス、監督:アレックス・プキン、110分)
『カザ・ブランカ』(ブラジル、監督:ルシアーノ・ヴィジガル、95分)
池田さん「エシカル、個々の思いの積み重ね」
池田: エシカルを含めた社会的テーマは結局、ひとりひとりの悩みや思いの積み重ねだと思います。だから、今日はあくまで“個人的にこう思った”という感じでいいんじゃないかなと思っています。大きなテーマを背負って語るような場ではなくて、「ここが良かった」とか「ここがちょっと気になった」とか、率直な話ができたらうれしいです。
私はもう好きな作品が決まってしまっているので(笑)、逆にみんなの意見を聞きたいなと思っています。みんながどう感じたのか、それを共有できる時間にしたいです。
『アラーの神にもいわれはない』
鮮やかな色彩の中に生きる少年のまなざし
池田: 彩度の高い映像で、残酷すぎる現実とのコントラストが印象的でした。どのカットも絵として完成していて、美しさの中に現実の緊張感が流れています。少年の言葉づかいや表情も自然で、物語を感じました。最後に辞書を手渡される場面では、語り継ぐ思いと希望が伝わってきました。
須藤: 人を殺しあうという異常な世界で、正気を保つ難しさを感じました。少年兵という重いテーマを、真正面からではなく少年の目を通して描いているせいか、ひとつひとつの描写がやさしくて、観る人が自分の中で言葉を探したくなる映画でした。
魚住: カラフルでポップな造形の奥に、深い痛みや人の尊厳が息づいていました。少年の目線だからこそ、すべてを説明せずに感情で伝わる力がある。少年兵の世界を初めて知って、何ができるか考えさせられました。学びの多い映画で、対話を生む構成がとても印象的でした。

津村:SNSの時代に生きる私たちは「私はこれを支持します」と自分の考えを示すことが当たり前にできるし、意思表示が簡単だけれど、この映画では、信念を曲げてでも生きることが精いっぱいの正しさとして描かれていました。それがすごく苦しかった。最後に彼が手にする辞書は、自分の言葉で語る権利を取り戻す象徴のように思えます。
池田: 実写では子役に追体験を強いるところ、アニメーションだからこそ、過酷な出来事を柔らかく受け止められるところがありました。美しさと現実の厳しさが拮抗する中で、少年が受け取る“語り継ぐ意志”が希望として残りました。
『KIKA』
頼ることを肯定する、静かな回復の物語
池田: 会話やシーンのディテールが本当に素敵だなと思いました。恋に落ちる時の言葉とか、おねしょを片付けているシーンの空気感とか。そういう小さな瞬間から人のあたたかさが伝わってくる。セックスワークという題材を扱いながら、重く描こうとしていないのがいいですよね。あくまで人と人として描いていて、すごく誠実。観終わったあとに女子会したくなる映画ですね。語りたくなる映画。
津村:わかります!正直いちばん共感できたのは『キカ』でした。彼女は社会福祉士として人を支える仕事をしているけれど、いざ自分が支えられる立場になったときには、助けを求めることができない。本来シンプルであるはずの“助ける”という行為が、とても難しく見える瞬間がある。その点で、セックスワークという仕事はもっと直接的で、誰かを確かに救っているという実感を得られるのかもしれません。

魚住: 僕は主人公のKIKAの友人の視点でもすごく刺さりました。助けたいと思っても、どう踏み込めばいいかわからない。でも彼女が何も言わなくても、そばにいるだけで意味があるんだって、観ながら思いました。
池田: みんな不器用だね(笑)。その不器用さが愛おしい。年齢を重ねると、与えるのは得意でも受け取るのが苦手になっていくけど、この映画はそのかたさをやわらげてくれる。「頼っていいんだよ」って、そっと背中を押してくれる感じ。
須藤: うん、すごくやさしいですよね。あと、頼ることって、やっぱり恥ずかしいことだと思っちゃうじゃないですか。でもこの映画は、それを“人として自然なこと”として描いていて。助けられる側になるのも、ちゃんと生きてる証なんだなって思えました。
池田: そうそう。なんかハッシュタグにすると全然伝えきれないタイプの映画(笑)。言葉にすると軽くなっちゃうんだけど、実際に観るとちゃんと沁みるんですよね。誰かに優しくなりたくなるし、ちょっと連絡とってみようかなって思える。
魚住: うん。観終わったあと、しばらく静かに余韻が残る感じ。なんか、助けを求める勇気ってこういうことなんだなって。
池田: ほんとそう。自分を支えてくれる人にありがとうって言いたくなる。観た後に、女子会でも飲み会でもいいけど、語りたくなる映画です。
『カザ・ブランカ』
ふれあいが日常を支える——ブラジルの街に流れる優しさ
池田: この映画、最初から最後まで“ふれあい”がいちばん多かったと思います。おばあちゃんを洗ってあげたり、なでたり、キスをしたり。その距離の近さが本当に自然で、家族や街の人の温かさが伝わってきました。音楽も映像もブラジルで攻めてくる感じで(笑)、重いテーマなのに明るくてリズムがあって、見ていて心地よかったです。
須藤: そうそう。介護を犠牲じゃなくて愛として描いているのが印象的でした。おばあちゃんに触れる手の優しさとか、どこに行くにも一緒に連れていく姿とか。多様なジェンダーの友人も説明なしで自然に「そこにいる」のがいいですよね。特別扱いしないで、そのまま描いている。社会がこうあってほしいなと思いました。
池田: わかります。私もフィリピンで生まれてスラムを見てきたこともあって、貧困の中でも“願い続けるしかない”人たちの姿にすごく共感しました。誰かを救うとか助けるじゃなくて、ただ一緒にいる。それが愛なんですよね。
津村:誰も被害者のふりをしないのがいいですよね。みんな問題を抱えているし、経済的に豊かではない。それでも、困っている他者に手を差し伸べている姿が印象的でした。
須藤: この映画って、決定的な悪者がいないんですよね。「白人が黒人を搾取する」みたいなステレオタイプを、強調しすぎないところがいいなと思いました。日常の中にある小さな違和感として描かれているように感じました。

魚住:僕も『カザ・ブランカ』は、ラテンな音楽が映画の雰囲気をポップにしていてとても楽しく見ることができました。助けを求めるまでの『キカ』とは対照的に、理想の助け合いがある映画です。はばかることなく身近な人同士で助け合うことのできる姿はとても素晴らしい。
池田: 確かにそういうさりげない差をちゃんと描けている。ブラジルらしい空気感の中で、それでも人が優しく生きてる感じがしました。
池田: 私が育った福岡の街もそうでした。隣のおばちゃんが「雨降っとるよ」って言って勝手に洗濯物を取り込んでくれるような(笑)。『カザ・ブランカ』にはそういう“街全体の思いやり”がありました。スラムを暴力の象徴にせず、生活の明るさの中で人がつながっているのがすごくいい。
津村:本当にみんなラブリー!見終わったあとに人に優しくしたくなる映画。「あなたの痛みを教えてよ」という態度じゃなくて、もうすでに手を握っている。特別なことじゃなくて、日常の中にある優しさこそがエシカルの概念なのかも。
満場一致で『カザ・ブランカ』に
審査会の最後、池田さんが「『アラーの神にもいわれはない』派?『KIKA』派?」と問いかけると、学生審査委員3人は少し沈黙。池田さんが「……いない?(笑)」と続けると、魚住さんが「『カザ・ブランカ』がいいと思います」と応じた。池田さんが「決まりー!」と宣言、満場一致で『カザ・ブランカ』に決定した。

池田さんは「3本とも本当に素晴らしい作品でした。どれも劇場で観てほしいです」と語った。「『KIKA』は逃げ場のない劇場という場所で観て、主人公たちの逃げ場のなさを体感してほしい作品。『アラーの神にもいわれはない』は想像して寄り添う力をくれる。そして『カザ・ブランカ』は愛や助け合いを生活の明るさの中で描いていて、人にすすめたくなる映画です」とまとめた。
10/30更新:
10月29日(水)、エシカル・フィルム賞の審査委員会が実施され、本年度の受賞作品がブラジル映画『
カザ・ブランカ』に決定しました。この作品は、11月5日(水)19時15分からTOHOシネマズ シャンテ スクリーン2で上映されます。
→ チケット購入はコチラ
受賞作品『
カザ・ブランカ』:
→ 作品詳細
リオデジャネイロ州チャトゥバ郊外に住む少年デーは、家賃や医療費の支払いもままならないなか、親友らの助けを借りながらアルツハイマー病の祖母とふたり暮らしをしている。余命わずかな祖母の看病を通じて、深い友情で結ばれる3人のティーンエイジャーを描いた社会派青春ドラマ。2024トリノ国際映画祭で上映。
監督:
ルシアーノ・ヴィジガル

ブラジルの映画監督、脚本家、俳優。都市のスラム出身者の視点から社会的リアリティや周縁化されたコミュニティを描くことで知られている。
審査委員長 池田エライザ コメント:
今回の選考にあたっては、ノミネートされた3本の作品を「個人としてどう感じたか」という視点を大切にしました。“エシカル”という概念には正解がなく、それぞれの感性の中にある他者への眼差しや願望が、最も誠実な答えになると思うからです。
『カザ・ブランカ』は、他者を思いやることの美しさを静かに描いた作品でした。登場人物たちは、血のつながりを超えて支え合いながら日々を生きています。特に印象的だったのは、アルツハイマーを患う祖母を介護する主人公の姿です。本来なら学校に通っていてもおかしくない年齢でありながら、彼はいやいやではなく、撫でたり、おでこにキスをしたり、思い出話を聞かせたりと、自然な愛情で寄り添っていました。その優しさが地域の人々にも伝わり、皆が当然のように手を差し伸べる姿がとても温かかったです。
多様性という観点から見ても、個性を特別視して描くわけではなく、ただ共に生きているというナチュラルな表現をなされていて素敵でした。閉ざされた環境の中で、彼らが不器用にゆっくりと歩みを進める姿には、せわしない現代を生きる私たちが忘れかけた“人の時間”が流れています。ラテンのサウンドに身を委ねながら、様々な愛の形を目撃していただきたいです。
東京国際映画祭 エシカル・フィルム賞受賞作品『
カザ・ブランカ』上映:
日時:11月5日(水)19:15(18:55開場)上映時間95分
会場:TOHOシネマズ シャンテ スクリーン2
→ チケット購入はコチラ
↑ページTOPへもどる
9/24更新:
■エシカル・フィルム賞の審査委員長が池田エライザに決定!
本年度の審査委員長には、俳優・歌手・映画監督などクリエイティブな領域で幅広く活躍中の池田エライザ氏の就任が決まりました。また、多くの若い人たちに関心を持っていただくため、東京国際映画祭の
学生応援団から選抜された3名が審査委員を務めます。
審査委員⻑:池田エライザ(俳優・歌手・映画監督)
審査委員:第38回東京国際映画祭 学⽣応援団
魚住宗一郎(慶応義塾大学2年)、須藤璃美(獨協大学3年)、津村ゆか(東洋大学4年)
受賞作品の授賞式および審査委員長の池田エライザ氏が登壇するトークセッションを 11月4日(火)に開催する予定です(詳細は追って公式HP等でご案内します)。
なお、本年度のノミネート作品は、10月1日のラインナップ発表記者会見の中で発表いたします。
■池田エライザ コメント
私は信じています。映画は世界を変えることができると。一本の映画が生まれるまでには、幾千もの判断が積み重ねられています。その一つ一つに作り手の魂や祈りが込められているからこそ、液晶を超えて人々の心に訴えかける作品となるのだと思います。そして“エシカル”という視点は、その力をより確かなものにする。この賞はただの評価ではなく、未来への祈りであり、宣言です。審査委員長として、その祈りを受けとめ、全身で作品と向き合いたいと思います。
◆池田エライザ プロフィール
1996年4月16日生まれ、福岡県出身。2011年公開の映画で俳優デビュー。近年では、Netflix『地面師たち』、TBS日曜劇場『海に眠るダイヤモンド』 、主演映画『リライト』に出演。主演ドラマのNHK総合『舟を編む~私、辞書つくります~』が、独「ワールド・メディア・フェスティバル2025」で金賞を受賞した。監督作品としては、福岡県田川市を舞台にした長編映画『夏、至るころ』(2020年12月公開)で原案・監督を務めた。「第21回全州国際映画祭」シネマ・フェスト部門に正式招待。「第23回上海国際映画祭」のインターナショナル・パノラマ部門に出品。「エル シネマアワード 2020」の「エル・ガール ニューディレクター賞」を受賞した。2022年には、“命を食べる”というテーマの短編映画『MIRRORLIAR FILMS』Season4『Good night PHOENIX』を公開した。
↑ページTOPへもどる
エシカル・フィルム賞 授賞式・トークセッション参加希望のお申込み受付は終了しました。
エシカル・フィルム賞 授賞式&トークセッション:
日程:
11月4日(火)18時30分―20時(18時受付開始)*予定
会場:丸の内エリア特設会場(詳細は当選者の方にご連絡します)
出席者:
池田エライザ(審査委員長)、
TIFF学生応援団(審査委員)
受賞作品の授賞式に引き続き、審査委員長の池田エライザが、審査委員をつとめた学生応援団3名とともに審査を振り返り、映画がエシカルな社会実現のためにできることを考えるトークセッションを実施します。
*一般観覧は、事前に当選通知をお送りした方のみ可能です。一般来場者の方の当日の入場はできませんのでご注意ください。
*トークセッション会場ではノミネート3作品『
アラーの神にもいわれはない』(アニメーション部門)、『
キカ』『
カザ・ブランカ』(以上ワールド・フォーカス部門)の上映はありません。
ノミネート作品の鑑賞をご希望の方は、作品の上映スケジュールを確認の上、一般上映で鑑賞ください。
*受賞作品の上映は、TOHOシネマズ・シャンテScreen2にて11月5日(水)19:15〜(18:55開場)に予定されています。ぜひご鑑賞ください。
→
『東京国際映画祭 エシカル・フィルム賞受賞作品上映』
(応募要項)
募集人数:20名様(入場無料、応募者多数の場合は抽選になります)
募集期間:10月2日(木)~10月15日(水)23:59まで
*10月21日(火)(予定)に、当選者のみにメールにて当選通知をご案内いたします。
協力:
↑ページTOPへもどる
↑ページTOPへもどる