2025.11.11 [インタビュー]
「スポーツが題材ですが、人間の心理に焦点を当て、葛藤や成長を描きました」公式インタビュー『明日のミンジェ』

東京国際映画祭公式インタビュー 11月1日
アジアの未来
明日のミンジェ
パク・ヨンジェ(監督/脚本・右)、イ・レ(俳優・中)、クム・ヘナ(俳優・左)
明日のミンジェ

©2025 TIFF

 
孤児院育ちのミンジェは17歳。プロを目指す優秀な陸上選手だが、陸上部では裕福な家庭のヘリムが不当に優遇され、トレーニングもままならない。ある日、大事な選考会の成績がヘリムの両親によって操作されたことで追い詰められたミンジェは、ヘリムを妨害するための策を講じる。しかしそれを知ったコーチに利用され、危うい取引を持ちかけられるが…。
韓国芸術総合学校(K-Arts)映像院出身のパク・ヨンジェ監督の長編デビュー作。高校の陸上部を舞台にしながら、スポーツ界の裏舞台のみならず、格差社会が生み出す様々な“歪み”や“不公平”を浮き彫りにしていく精緻な脚本と、無駄のない演出はベテランの域。またミンジェ役のイ・レとコーチ役のクム・ヘナも、“善と悪の微妙なライン”を見事に体現している。
 
 
──17歳のランナーを主人公にした着想はどこから?
 
パク・ヨンジェ監督(以下、パク監督):私はランニングが趣味です。ランニングをしながら起きる感情みたいなものがあって、それが好きなんです。ランニングは走る瞑想とも呼ばれていますから。長年にわたって走っているうちに、アマチュアのランナーだけでなくプロのランナーや陸上界の関係者の方々と親しくなったおかげで、陸上界の裏事情やその環境について関心を持つきっかけとなりました。陸上の世界をミクロに覗き込んで見ると、そこから韓国社会の姿も見えてくる。その不公正を隠喩することもできると思い至り、撮りたいと思いました。
明日のミンジェ
 
──女子高等部の陸上部を選択した理由は?
 
パク監督:陸上をテーマに撮るにあたっては、まず高等部や中等部、実業チームなどいろいろな選択肢はありましたが、この映画の予算やサイズを考えると高等部が最も適切だと判断しました。また、その選択肢に男子校というのもありましたが、私は以前にも女子高等部の短編を撮っていて、以前から女性中心のストーリーにとても関心があったのです。女性ならではの繊細な感情が多くあると思うので、その部分をしっかり描きたいと思いました。
 
──800メートルの種目へのこだわりは?
 
パク監督:これまで100メートルとか、マラソンが描かれることはあっても、800メートルは珍しいと思います。800メートル競技の特徴としては、個別のレーンがなく、オープンレーンを皆で走るので、時々は身体がぶつかったりする。唯一、身体の衝突が認められている種目です。その理由としては、選手はスパイクを履いているので、選手同士が接近しすぎてケガをしないように、防御する権利が認められている。近づきすぎた時には押したり制止したりできる。そんなことから、800メートル競技は“トラック界の格闘技”とも呼ばれているので、そこから生まれる迫力を映し出したいと考えました。
 
──限られた登場人物と最小限のエピソードによって多彩な問題提起がされている、洗練された脚本と演出に魅了されました。
 
パク監督:ミニマムなプロダクションにしたのは、限られた予算や時間の関係でコンパクトに撮るということを意識していたからです。方法論としては、編集の段階でカットしそうなオルターカットはシナリオの段階から省いています。加えてプロの俳優さんとご一緒しているので、撮影中にNGがほぼなかった。だから自然とコンパクトになりました。撮影期間がほぼ一か月という速さも、この映画の強みですね。
また、一応スポーツ映画というジャンルにはなっていますが、あくまでも人間の心理や内面に焦点を当て、人間の成長や葛藤を描くことに集中しています。そのために大掛かりな大会のシーンなどは最小限にして、カメラはなるべく人物の外に向かわないという手法を意識しながら撮りました。
 
──ミンジェ役には子役から活躍し、『新感染半島 ファイナル・ステージ』(20)でも熱演を披露したイ・レ、女性コーチ・ジス役にはドラマ『キラーたちのショッピングモール』シリーズでブレイク中のクム・ヘナ。キャスティングの決め手は?
 
パク監督:イ・レさんは子役の時から素晴らしい作品にたくさん出演しているので、彼女の確かな演技力とイメージについてはよく知っていましたから。ですので、ミンジェ役にぴったりだと思いました。決め手は、彼女が多くの作品のなかで見せてくれた輝く演技力です。パク・ヘナさんは最近ではOTT(動画配信のストリーミング配信)の作品で活躍していますが、以前はインディペンデント映画のシーンでも活躍していて、私の映画学校の同期の作品にも出演しています。いわば映画学校時代からから彼女の輝く演技力を見ていて、いつかご一緒したいと思っていましたから、今回のジス役をぜひ演じてほしいとお願いしました。
 
──パク監督との共同作業の感想は?
 
イ・レ:もともと脚本や文章を読むのが大好きですが、この作品の場合は行間にもミンジェの感情や置かれている状況がびっしりと書かれ、しかも本当に美しく書かれていたので夢中で読みました。その後で、こんなにも緻密で徹底して背景や感情を描いている監督と事前の打ち合わせをしたときには、監督に対する信頼と、「これは素晴らしいクオリティで撮ってくださる」という確信が芽生えました。私としては、とにかく最善を尽くして「本当にギリギリまでやるしかない」という気持ちで撮影に臨みました。
明日のミンジェ
 
クム・ヘナ:こんなに繊細な脚本を書かれる方だから、すごく繊細なのはもちろん、細やかなお話をたくさんされる方だろうなと思っていたのですが。いざお会いしてみると、グッドリスナーでこちらの意見をよく聞いてくださる。じつは脚本を読んだときから、これはミンジェの物語だし、それをイ・レさんは確かな演技で演じてくれるというふうに信じていました。でも私自身は、コーチであるジス役をもっと破壊したいという気持ちがありました。
彼女が抱える葛藤をどこまで拡大して出せるかということを考えて、撮影の過程でいろいろな意見を出したり質問もたくさんしましたから、監督をすごく苦しめたんじゃないかと思います。でも本当に、「ここぞ!」という場面では監督ご自身の意図をしっかりと伝えてくださるので、現場では信頼も生まれました。撮影後半には質問も少なくなって、撮影時間も短くなったと思います。
明日のミンジェ
 
パク監督:クム・ヘナさんがおっしゃったように、私はなるべく多くのことを聞く姿勢で、俳優さんたちの意見を聞いていました。なぜなら、脚本の中には私が考えていたことすべてが溶け込んでいると思っていたからです。そこに書かれている文字以上のことを、私がお話できることはないと思っていました。それだけ長い間、ずっと考えて練りに練ったものが描き込まれていますし、俳優の感情やどのように演じてほしいかも、すべて書き込んでいましたから。
監督という立場で、自分が書いたものを撮るとなったときには、脚本に書かれている以上のものを撮ることはできないと思っていました。ただし、みなさんがそれをどう受け止めたのか、そのフィードバックは聞く必要があったので、ずっとお話を聞いていました。そしてそれがひとつになるのが、まさに現場の作業でした。試行錯誤しながらも、お互いに合わせながら現場では撮っていきました。
 
──最後にメッセージを
 
イ・レ:この映画には、性格も置かれている状況も違うキャラクターがたくさん登場します。そのなかで自分自身の姿と重なる部分があるのかを探しながら、一緒に考えながら見ていただけると、いい時間になるのではないかと思います。
 
パク・ヘナ:観客のみなさんも、演じた私自身も息が苦しくなるくらいにハラハラ・ドキドキするような作品ですが、イ・レさんのおっしゃったように、ご覧になったあとには何かを一緒に考えられる作品になっています。
 
パク監督:私の長編デビュー作を、権威ある東京国際映画祭で上映をさせていただき本当に感謝しています。次回作は『明日のミンジェ』を作った制作会社と一緒に準備しており、すでにシナリオは完成しています。あとは映画化することだけですので、その作品もこの映画祭でお披露目できることを願っています。
 

インタビュー/構成:金子裕子(日本映画ペンクラブ)
プラチナム パートナー