2025.11.06 [イベントレポート]
「自分自身が、見るもの、感じるもの、触るもの、全てのフィーリングをキャッチできたらいいなと思っています。要するにこの一瞬を大事に生きていく」11/4(火)Q&A『ノアの娘』

ノアの娘

©2025 TIFF
11/1のQ&Aに登壇した際のアミルレザ・ジャラライアン監督(左)、カティ・サレキさん(右)

 
11/4(火)アジアの未来部門『ノアの娘』上映後、アミルレザ・ジャラライアン監督、カティ・サレキさん(俳優)をお迎えし、Q&Aが行われました。
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アミルレザ・ジャラライアン監督(以下:監督):皆さんこんばんは。これで2回目の上映になりますけれども、皆さんこの映画をご覧になっていただき本当にありがとうございます。
 
カティ・サエキさん(以下:カティさん):皆さんこんばんは。皆さんと一緒にこの映画を、この映画祭で観ることができてとても嬉しく思います。ありがとうございます。
 
司会:石坂健治シニア・プログラマー(以下:石坂SP): 今回が2回目のセッションになります。まず監督にタイトルについて、「ノア」というのは、旧約聖書のノアのことなんでしょうか。
 
監督:はい、そうです。その預言者のノアを、イメージしてタイトルを付けました。歴史の本や宗教の本の中でも、ノアには3人の息子がいたと書いてありますが、娘はいなかったということです。私は、もしもノアに娘がいたら、と思っていまして、その娘が預言者になっていたら、どういう人になっていたんだろうとずっと考えていました。この映画の中では、その娘は、とても静かで、自分が喋るより人の話をよく聞く人になるのでは、としています。
 
──Q:映画の中での洞窟の概念についてと、主人公はどうしていつも脈に触れているのか、をお聞かせください。
 
監督:洞窟については、様々な伝承の話の中で、預言者が洞窟でお祈りしたり、洞窟から予言を始めたとか、そういう話を多く見聞きしました。一種、ファンタジー的な目を持って作りたいと思いましたので、寓話をもう少し幻想的に見たらこのようになるのかなと思っています。
そして脈ですが、主人公の彼女が色んな人を触っていますが、死から生、または生から死へ行くような意味合いを入れようと思い取り入れました。
 
石坂SP:カティさんに質問です。主人公をどういう風な女性だと理解して役作りをされましたか?
 
カティさん:自分はこのキャラクターは、とても普通の人だと思って演じました。でも、何かしらの力を持っているような感じもあります。それによって人とコミュニケーションを取りますが、彼女は最も普通でなければいけなかった。登場するキャラクターの中では最も普通な人でした。特別に何かを持っているということをいれてはいけないキャラクターだったのかなと思います。
 
石坂SP:監督は主人公のキャラクターについてはどういう風にお考えだったのでしょうか。
 
監督:カティさんもおっしゃった通り、このキャラクターは特別なものではなく、出来るだけ、普通に演じてもらい、それを撮っていこうと思っていました。ある意味では、これはシュールな世界だと思います。このキャラクターがやっていることは誰でもが行っているイメージです。例えば、歩いたりご飯を食べたり、焚き火を作ったり、誰もが行っていることを普通にしているキャラクターを作りたかったのです。日本ではどうかわかりませんが、イランでは人が亡くなると、その墓石に「来ました、…、行きました」と書くことがあります。その「来ました、…、行きました」のその点の部分は人によって違いますが、点の部分を描いた、映画だったのかなと思います。「来ました」とはこの世に来ました、…、そして「行きました」はこの世から去りましたということです。
 
──Q:映画には一切説明がなく、会話があり、物語の展開はどう進んでいくんだろうということは観客が考える、主人公は未来に向けて、現状から何か変わろうとして、色々なことをしているのが映画に映し出されていると私は解釈しました。監督から特に訴えたいメッセージはありましたでしょうか。自分なりの解釈をすればいいという感じで映画を作られたのでしょうか。
 
監督:解釈の通りですよ。(会場笑)
 
──Q:観客が何かを感じ取るような映画だなと思ったのですが、監督から観客が、この映画を通して何を感じ、学べば良かったか一言でもいいので教えていただけたらと思います。
 
監督:通常の映画では、一つの情報があり、次にも情報がある。私はこの映画の中では、一つの空間の中で彷徨えばいいと思いました。何も起こらないんですけれども、何かが起こるのを待っているけど、そのまま「終わりました」となる。何も起こらず、だけど観た方は何かを経験したんだ、といった感じを捉えていただけたら嬉しいなと思って作りました。
自分自身そういう映画がとても好きです。要するに、今映画を観て終わったけど、何もわからなかった、でも、次の日だったり、何かで思い出したり、それが夢の中だったとしても、「思い出した」となるような、自分はそういう映画を好みますので、皆さんにもそのような捉え方をしていただいたら嬉しいなと思っていました。
 
──Q:とても謎めいた映画だと思いました。
 
監督:主人公の彼女に近づいてきた男性が、距離感が近くなったと感じたり、すごく遠く離れていて彼女に近づけない、という行ったり来たりをしますよね。
そして浜辺に二人で行き、タバコをすすめますが、あれはタバコではなく大麻なのです。彼女は「絶対吸わない」と断りますが、男性はそれを吸って、夕暮れの海で音楽を流していい気分になって、勝手に踊り出す。彼女はただそれを眺めている。踊り出した彼は突然消えてしまう。ある種、イマジネーションを描いているかもしれないです。皆さんの中でもイマジネーションとして捉えてくれる方もいるかもしれないです。
 
──Q:キャラクター全体が普通だという印象を僕は受けました。ユーモアがある会話があり、すごく印象的でした。主人公以外のもう一人の女性だけがずっと何かを探していたような気がしているような、外に意識があるように見えたんですけど、それには具体的な演出がありましたか。
 
監督:東京で自分の映画が上映になったことが嬉しいと思いました。なぜなら(このような質問をしてくれる)日本の観客は素晴らしいと。
普通の人でも、自分の声を聞かなければならない。その理由は賑やかな街から逃げて、島に行ったという理由でもありますが、島に行って自分の内面の声を聞くためなのです。周りの鳥の声や、風の音、またはその空間の音とか、それを聞くと、自分の吸っている息の音とか、それは自分の内面の声に当てはまるんじゃないかなと思います。何にもしないでそこにいるだけですが。
でも、私たちの人生は、あのような感じでずっと流れていくのじゃないかなと思います。私は、自分自身が、見るもの、感じるもの、触るもの、全てのフィーリングをキャッチできたらいいなと思っています。要するにこの一瞬を大事に生きていく。例えば今、皆様といるこの一瞬は、私の人生の一瞬であって、それを大事に取っていく。そういう感じをキャラクターに持たせたかった。だから、色んな自然の音に耳を澄ませて聞いているのだと思います。

プラチナム パートナー