2025.11.06 [インタビュー]
「車はただの鉄の塊ではなく、犠牲を払って買うものだということを描きたかった」公式インタビュー『老人と車』

東京国際映画祭公式インタビュー 11月2日 
アジアの未来
老人と車
マイケル・カム(監督/脚本・右)、リム・ケイトン(俳優・左)
老人と車

©2025 TIFF

 
妻を亡くしたばかりの老人は、カナダの息子のもとに移住するべく思い出の詰まった車を手放そうとする。興味を示したトランスジェンダーとの出会いのなかで、介護の果ての別れ、孤独に浸る老人の心に少しずつ変化が生じていく。シンガポールの多様な状況を背景に、老いて希望を失った男の心情を細やかに描いたマイケル・カム初の長編作品。映像を教える立場から、あえて表現者になった。多民族国家シンガポールの「今」が描かれている。
 
 
──作品を興味深く拝見しました。作品の発想はどこから生まれてきたのですか?
 
マイケル・カム監督(以下、カム監督):そもそもは、自分の父親が年をとってしまい、運転が難しくなって車を返納することになったのが始まりです。
老人と車
 
──父親世代の気持ちに共感したことが製作のきっかけにもなっているのですか。
 
カム監督:僕は57歳、若くはありません。年をとってくると、いろいろな希望よりもさまざまな心配事が増えてくる。そういうところから発想していきました。
 
──年齢が増えれば先が見えてしまう。車という題材に対する思いと、孤独が反映されたと思いますが、最初からそういう展開を考えていたのですか。
 
カム監督:基本的な台本みたいなものはありました。プロデューサーたちを納得させるために、これを入れよう、これは抜こうというようなことがあって、今のストーリーに落ち着きました。予算がなかったので、抜かなければいけない話がかなりあったのが現状です。
 
──いわゆるベビーブーマーたちが老いを迎えていますね。
 
カム監督:私は世代は違いますが、どの世代も夢があるし希望もあるはずです。ただ、その世代によってちょっと見方が違ってくると思います。
 
──主人公に対比するように、トランスジェンダーが登場しますが、こういう設定にした理由は何かあるのですか?
 
カム監督:主人公と全く違うキャラクターを描きたかったので、トランスジェンダーを選びました。トランスジェンダーとの交流によって、主人公は希望を持てるようになる。たまたま手がけた短編作品で、LGBTQを題材にしました。誰でも親友になれる、親近感を持つことがあることも描きたかったのです。
コロナ後にドキュメンタリーを作りました。トランスジェンダープロジェクトという団体がシンガポールにはあって、トランスジェンダーのためのシェルターやサポートを提供している。そのドキュメンタリーの担当者とまた仕事できるかもしれない。それもこの作品の背景にはありました。主演のリム・ケイトンも出演を即答してくれました。その時、台本は英語ではなかったのですが、主人公は英語しか喋らないので、すぐに変えました、シンガポールは多民族国家ですし。私の奥さんは中国系で、自分は同じ中国系ですが英語教育で育ってきました。
 
── リム・ケイトンさんに聞きます。作品のオファーがあったとき、やると即答されたとのことですが?
 
リム・ケイトン(以下、リム):脚本がよく書かれていたので、断る理由はありません。
老人と車
 
──リアルに老後の心情が細やかに描かれていると思いました。
 
リム:不思議なもので、演じているときは役になりきって演じているわけですよ。完成した後に見て、さまざまな問題に気がつくのです。老人はこういう問題を抱えているのだなと共感しました。
 
──この主人公は車が最後の拠り所になるわけですね。
 
カム監督:私の拠り所は妻なのですが、自分は車が好きなのです。それも多分、車を題材にしたストーリーに惹かれた点だろうと思います。私にとって、車はただの鉄の塊ということではなくてね。当然ながら、色々なものを犠牲にして買うわけですよ。そういうところを描きたいと思ったのですね。
 
──作品はシンガポール映画というカテゴライズでいいと思いますが、プライベートな色合いがすごく強い映画ですね。
 
カム監督:監督としてこの映画を作っていますが、普段は大学で映画を教えています。生徒たちを映画業界に送り出す立場ですね。シンガポールは年間10本足らずの映画製作の国ですから、そもそも映画業界と言っていいのかどうか。若い子たちが映画作るのは大変です。そこで、マイクロバジェットを提案したのです。本当に少ない製作費でこの映画を作っています。この手法を使えばもっと映画を作れる環境になるのではと思っています。
老人と車
 
──学校の先生が身をもって作り方を教えていく形でしょうか。
 
カム監督:そうしたいなと思いますが、学校には制約があるので残念ながら正式に承認は下りていませんが、挑戦していこうと思っています。このマイクロバジェット方式は、KAFA(韓国映画アカデミー)がマイクロバジェット手法で2年に1本ぐらいの映画を作っていて、こんな作り方があるのだとインスピレーションを受けたのがきっかけです。プログラムとして学校には採用してもらいたいと思っています。
 
──リムさんの作品歴をお教えください。
 
リム:もともと私は、演劇の世界から始めました。1980年代に『上海サプライズ』(86)のキャスティングを受けて出演しました。それがきっかけで、アメリカ映画、香港映画、オーストラリア映画、中国映画に10年以上飛びまわっていました。ただアジア人は、西洋の映画だと悪人の役が多い。90年代にまたシンガポールに戻りました。ちょうど英語のテレビシリーズみたいなものが増えている時代でした。それ以降は、テレビ番組や映画で演じています。
 
──監督の次の作品の予定は何になるのでしょうか?
 
カム監督:まだ次回作の予定はありません。ただ、57歳でこうして映画を撮れたわけなので、生徒たちには可能性はいくらでもあるということは伝えています。
老人と車
 

インタビュー/構成:稲田隆紀(日本映画ペンクラブ)
  • ショートドラマ特別企画。期間限定で無料話拡大!
  • 都営交通キャンペーン
  • 寄り道から始まる、とっておきの時間。丸ビルで『Marunouchi Yorimichi Stand』開催!
プラチナム パートナー