2025.11.11 [インタビュー]
「小さい頃に別れた親友との再会の体験が物語のきっかけです」公式インタビュー『一つの夜と三つの夏』

東京国際映画祭公式インタビュー 11月3日
アジアの未来
一つの夜と三つの夏
カンドゥルン(監督/脚本・左から2番目)、ツェリン・ヤンキ(俳優・左)、ツェリン・トゥンドゥプ(俳優・右)
一つの夜と三つの夏

©2025 TIFF

 
幼馴染のラモとの思い出について映画にするために、久しぶりに故郷ラサに戻ってきたサムギは、遠い記憶をたぐりよせていた。が、ラモが突然現れたことで、心の奥底にひっかかっていたことが静かに波紋を広げていく。映画作りを志す女性の、幼少期〜青春期と現代を交錯させて描いた叙情的なメタ映画『一つの夜と三つの夏』。本作で長編デビューを果たした若き新星カンドゥルンとキャストのツェリン・ヤンキ、ツェリン・トゥンドゥプが、今のチベットの若者の気持ちを代弁する。
 
 
──学生時代に都市部に行くのは優秀な生徒たちですよね。その割合というのはどれぐらいになるのですか?
 
カンドゥルン監督:チベットの若者の一部が内地で進学し、ほかは地元で育ちます。Q&Aでは2割くらいと答えているのですが、実はオフィシャルな統計はあまり長期でとられていないんです。1985年から30年くらいのデータによると、だいたい2〜3割とされています。
一つの夜と三つの夏
 
──成績優秀者は突然引っ越していっちゃう。子どもの別れの経験としては鮮烈ですよね。
 
カンドゥルン監督:そうですね。とはいえ、内地の進学はあくまでも本人の選択によるものなので、応援しあう人もいれば、自分も行きたいという気持ちの人もいますね。
 
──だからあの街、リンカに行ったらみんなホームシックにかかるんですね。
 
カンドゥルン監督:それはもう間違いなく(笑)。
 
──親元を離れるには幼すぎますもんね。
 
ツェリン・トゥンドゥプ:そうなんですよね。私も劇中で描かれている中学進学時に上海に行きたかったんです。そのころ、上海で万博があったので(笑)。小さいときから行きたい、特に上海に行っていろんな新しいもの、人に出会って、新しい何らかの方向性を見出したかったんです。ホームシックがあるとはいえ、やはり若者の人生にとっては非常にプラスのことになる仕組みだと思っています。
一つの夜と三つの夏
 
──監督を含め、お三方ともそうした経験をしてらっしゃるんですか?
 
カンドゥルン監督:はい。私は中学校を卒業してから高校生のときに北京に行きました。ツェリン・ヤンキは中学生の時に広州、ツェリン・トゥンドゥプは上海でした。別々の場所ではありましたが、同じような経験をしているので、この映画で描いたことはそのままの感情です。私の経験は半分くらい盛り込んでいて、あとはフィクションです。
 
──フィクション部分はどのようなリサーチを?
 
カンドゥルン監督:主に後半のパートです。私自身が生活やアートに対してどのように考えているか、ということを描き出しました。あまりにも事実ばかりだと、ドキュメンタリーになってしまうので。客観的な見方を持っている映画にしたかったですし、芸術的にどういうふうにパッケージするか、若い世代へのヒアリングをたくさん重ねてリサーチをしていきました。2020年のクランクインの前のことです。
 
──どれくらいの期間かかりましたか?
 
カンドゥルン監督:約5年です。子ども時代のパートは、2020年に撮影を開始しましたが、メインとなったのは2023年、コロナの後。2024年はポストプロダクション、2025年は宣伝上映でした。リサーチ時、私は自分の卒業制作をしていたんですが、たまたま帰省する機会がありまして。そのときに親友と出会い、映画の中の出会いと全く同じ感情を抱いたんです。すごくいい友達なのに、再会したときに話すことがなかった。それがずっと私の心に残ってしまい、その日の夜は眠れませんでした。ああ、やっぱり、十何年も会うことが無いと人の心には変化が生じるんだ、と。それが物語のきっかけになりました。2020年に子ども時代のプロットが完成し映画制作に入ったときに、先ほど言った親友との再会という出来事がありました。そこで私は早速、自分の思ったこと、考えたことを、プロットではなく小説にしたんです。この小説の中には、ふたりの小さな女の子が進学して別れて再会する体験で感じたことを描きました。なぜそれをプロットにしなかったかと言いますと、プロットよりも詳細に、リアルな感じを描きたかったからです。
 
──キャスティングは?
 
カンドゥルン監督:役者を見つけるのがすごく難しくて。というのも、この世代の役者が少ないんですよ。80后(バーリン・ホウ/80年代生まれ)、つまり我々の前の世代にはまだ何人か有名な役者はいるんですが、我々の世代、95年以降ミレニアル世代が非常に少なく、オーディションをしてみたんですが、満足できるキャストが見つからなかったんです。そこで周りの友達に可能性を見出すことにしました(笑)。
彼女はもともと私の監督のチームのメンバーで、一緒にキャスティングしていました。そんななか、台本の読み合わせをしているときに、とてもよかったので配役しました。また、彼の役は彼の妹さんがやる予定だったんですけど都合がつかなくなりまして。それで兄さんを代わりにして、役を変えました。
 
ツェリン・トゥンドゥプ:監督とはもう大の親友ですから、やりやすかったですよ。私は彼女(ツェリン・ヤンキ)と同じように、プロの役者ではないので、監督は私たちには自由にやっていいと言ってくれました。セリフもアドリブだったり、そういう意味ではやりやすかったんですけれども、難しいところは何度も同じ芝居をしないといけないこと。
最初のリハーサルの時は情熱が入ってワーッとやっていくんですが、何度も何度もやっていくうちに、だんだんそれが薄れていって。とはいえ親友同士ですから、その過程は本当に楽しかったですよ、本当にハッピーで。プレッシャーを感じているのは監督だけでした(笑)。
 
ツェリン・ヤンキ:私は当初この作品のクルーでしたし、とにかく監督の最初の長編だからみんなで一生懸命いい作品を作ろうとしていたら、いつの間にか自分は役者の方になってしまっていて。トゥンドゥプさんが言ったように、本当に何だかすごく不思議な体験でした。映画の中の役柄は監督ですが、自分も普段クリエーターとしてこういった映像制作に関わっているのですごく入りやすかったですね。役を通じて監督になりすましたという気持ちもありました。
ただ、その感情のままやってしまうと、監督が求めることと食い違うことがあります。なので、一度この役から離れて、監督のリクエストも聞きながら、私ではないサムギという役が生まれていったと思っています。
一つの夜と三つの夏
 
──おふたりはこれで役者デビューしたことで、監督が悩んでいらっしゃった、「自分の世代のいい役者がいない」という悩みの解消にもなりましたね。
 
ふたり:役者なの?という疑問はまだありますけど(笑)。
 
──役者としてのおふたり、そして監督にも野望がおありでは?
 
カンドゥルン監督:この話とは全く違う話を描こうと、長編2作目をすでに準備しています。そのモチーフはたまたま街で見かけた女の子です。男の子みたいな髪型で、すごく印象深くて。彼女が自転車に乗っているところを観て思いついた物語です。既に短編にしていて、ふたつの映画祭で入選したので、その資金をもとに長編化を目指しています。
 
ツェリン・ヤンキ:私も監督デビュー作を準備しているところなんです。舞台はおそらくラサ。そこでの三世代の女性の物語です。ひとりは母親、ひとりはおばあちゃん、もうひとりはお手伝いさんという3人の関係を通して、ラサに暮らす現代の女性の群像劇を描こうとしています。
私は今回のこの映画に関わったことで感謝の気持ちでいっぱいなんです。カンドゥルン監督が自分に役者としての機会を与えてくださったおかげで、映画を見る視点が少し変わったんですよね。私が監督をやる時、例えば素人の役者を扱う時には、きっとこの経験が役に立つと思っています。
 
ツェリン・トゥンドゥプ:監督の次回作のもとになる短編映画、ちょい役ですが、実は私も出演しているんですよ。今回の長編で役者としてデビューしたことは、私の世界を広げてくれました。もともとは英語の教師をやっていたんですが、役者の仕事の面白さに気づくことができました。監督、是非次の長編映画の時にも(笑)。
 
カンドゥルン監督:安心して。来年ね。でも、チンピラの役ね(笑)。
 

インタビュー/構成:よしひろまさみち(日本映画ペンクラブ)
プラチナム パートナー