東京国際映画祭公式インタビュー 2025年10月31日
アジアの未来
『光輪』
ノ・ヨンワン(監督/脚本・右)、チェ・ガンヒョン(俳優・左)
冬の夜、黙々と宅配の荷物を置き配するミンジュン。27歳の彼は映画監督になる大志を抱き、仕事の合間にアイデアを書き溜めているが、現実は甘くない。車上生活をするキツキツの彼の身に降りかかるのは、悲惨な家族の現状だ。ある日、ふとしたことで知り合った占星術師にミンジュンは助言を授かるが…。
ノ・ヨンワン監督の長編デビュー作は、貧しい若者が直面する現実を見つめ、意外な角度からその秘めた悲しみを照射する、深い眼差しを持つ一作。取材では、終始物静かな口調で語る監督と、目をキラキラさせながら微笑む主演俳優の対照的な姿が印象的だった。
──映画監督を目指す宅配ドライバーの話です。監督の実体験が投影されているのですか?
ノ・ヨンワン 監督(以下、ノ監督):このミンジュンという主人公には、私の中にある様々な部分を反映させており、自伝的な事柄も一部入り込んでいます。その他の人物にも私がこれまでに出会った人々のことを反映させてあり、私自身の社会に対するすまない気持ちを彼らには込めてあります。
──すまない気持ちというのは?
ノ監督:私には3歳の子どもがいますが、わが子を見て次の世代に何を残せるのかと考えた時、自分は何もできていないと思うのです。社会はいろんな問題を抱え、沢山のニュースが毎日溢れているのに、私はこれまで人々がどんなふうに生きているのか、あまり関心を払ってきませんでした。この作品を準備している時、そのことに気づいて愕然としたんです。宅配ドライバーは、誰もが目にするのに普段気に止めない存在です。いまお話したことを含めて、世の中に対するすまない気持ちを込めてこの作品を作りました。

──映画は終始、主役のガンヒョンさんを追いかけて、その息遣いが聞こえてきます。まるでドキュメンタリーを観ているようなタッチですが、どこまで意識されましたか?
ノ監督:ドキュメンタリー的に見せることはかなり意識しました。というのも、この映画ではミンジュンを通してすべてを見ることになるので、観客の皆さんにカメラと一緒にミンジュンを追いかけてほしかった。フレームという空間の中で彼の人生を感じてほしいと思い、このようなタッチにしました。
──ガンヒョンさんはただ黙々と荷物を配送する役で、息遣いや体の動きがリアルです。どうやってあのリアルな動きを身に付けたのですか?
チェ・ガンヒョン(以下、チェ):まずミンジュン役に選ばれて、監督に真っ先に言われたのはダイエットしろということでした。それで自分でも調べてみたら、宅配ドライバーの方は痩せてる人が多かったので8キロ減量して、それから家の近くの物流センターに行ってみました。するとそこの社員の方が、荷物を配送するまでの手順を教えてくれ、僕と同年輩のドライバーの方を紹介してくれたので直接取材したんです。そうして、いろんなことを理解していきました。

ノ監督:ひとつ付け加えると、実際に宅配の仕事をしている方々の姿を映像に撮り溜めて、そのアーカイブ映像を私とガンヒョンは何度も見返しました。行動や習慣はそれを見ながら学び、この仕事をしていて体につく筋肉のことも気にかけた役作りをお願いしました。また、撮影に入るひと月前から宅配の車に慣れてもらい、役になりきるように努力してもらいました。
──ガンヒョンさんは友人も恋人もいない車上生活者の役で、演じていてしんどくなかったですか?
チェ:とてもしんどくつらかったです。ミンジュンにとって、頼れる存在は家族だけですが、父親は暴力的だし母も問題を解決する能力がなく、兄も秘密を抱えている。でもミンジュンはそれが当たり前だと思っていて、自分の感情をぐっと呑み込んで生きているんです。ただ、ミンジュンにも希望もあったはずで、自分自身、演じながら楽しい瞬間も幾つかありました。とにかく、「大丈夫。できる」と自分に言い聞かせながら演技しました。
──もしかして映画出演は初めて?
チェ:長編映画の主演は初めてです。
──監督はオーディションでガンヒョンさんを選ばれた?
ノ監督:ミンジュン役を探すためにオーディションを開いたら、応募者が787人もいて、その中から選んだのがガンヒョンでした。オーディションの日、私は1時間早く会場に行って準備をしていたら、隅の方にひとり、体を縮めるようにしてタバコを吸ってる人がいたんです。そんな風に、その場でも少し演技をしていたのがいま私の隣にいるガンヒョンでした。その姿を見て、私はこれこそまさにミンジュンだと思いました。

チェ:その日、僕はオーディション会場の場所を確認すると、自分はミンジュンだと思いミンジュンとして部屋の隅に座り、背中を丸めてタバコを吸っていました。その時に思ったのは、早くこのオーディションを終えて、また明日から仕事をしなきゃということ。そうした気持ちをもってオーディションに臨んだのが、合格に繋がったんだと思います。
──監督は家族の設定をどう思い描かれましたか? それぞれが別の方向を向いていて、観ていてやるせない思いに駆られましたが?
ノ監督:家族の設定でいちばん大切にしていたのは、誰もがそうならざるを得ない事情があったことを、その背景に思い描くことでした。他人から見たら、父親も母親も兄も自堕落に見えるかもしれないけど、そうなってしまった背景には、やはり社会の構造や歴史の変化があったはずです。そうした観点から家族を見つめたいと思いました。
──イ・ジェヨンさん演じる占星術師が登場して物語は変化を遂げます。
ノ監督:私は映画スタッフとして約10年間、撮影現場で働いていましたが、コロナ禍で韓国の映画界が非常に厳しい状況に置かれた時、仕事を失ってしまいました。それでこの機会に脚本を書いて監督もやろうと一念発起したわけですが、映画スタッフとして働いていた当時は、他人が四柱推命や占星術、宗教に頼る姿を見ると、どうしてそんなものに頼るのかと不思議に感じていたんです。でも失業して、自分も生活のつらさを経験してからは、人は心細くなるとそうしたものに頼りたくなるものだということを理解しました。それで日常の中のファンタジーとして、占いの話を登場させたのです。
──ガンヒョンさんは占星術師とのやりとりをどう理解して演じられましたか。
チェ:最初に台本を読んだ時、果たして占いの話をミンジュンは信じるだろうかと正直疑問に思ったんです。でも、占星術師を演じるイ・ジェヨンさんの演技を見たらすごく納得ができて、彼の言葉を信じて憑かれたようになるのを自分でも信じることができました。こういう瞬間って自分の中にも確かにある。そんな気持ちにさせられたんです。
──荷物泥棒の女性も登場しますね。占星術師が主人公の希望を象徴するなら、泥棒の女性は絶望を象徴するように感じました。
ノ監督:観客の皆さんの中にも、きっとそう思う方はいらっしゃるでしょう。その考えでももちろん結構なのですが、私があの女性の役を作る際に思い描いたのは、家出をする青少年の存在であり、あの女性が家出をして盗みを働いてしまうのも、やはりそうせざるを得ない事情があったということです。それを描きたくて彼女を登場させたのです。
──意外な角度から主人公の心象風景を見せる後半の展開が見事でした。どうやってあのシーンを思いついたのですか?
ノ監督:あのシーンは、日常とファンタジーの境界をなくしたい、そんな思いで撮ったシーンです。ミンジュンは夢や希望を持っていますが、それは決して大きなものではなかった。私たちの日常の中によく見られる平凡な光景こそが彼の夢であり、希望だった。平凡な日常を当たり前のように享受している人たちもいますが、ミンジュンにとってそれはファンタジーであり、夢と現実が溶け合う場面としてあのシーンを作りました。
──最後に本作を作るに当たって、影響を受けた小説や映画はありますか?
ノ監督:アルフォンソ・キュアロン監督とダルデンヌ兄弟の作品がとりわけ好きで、ケン・ローチ監督や是枝裕和監督の作品もよく観ています。