2025.11.02 [イベントレポート]
是枝裕和監督とクロエ・ジャオ監督が語り尽くす、『ワンダフルライフ』と『ハムネット』の共通項
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第38回東京国際映画祭と国際交流基金の共催企画「交流ラウンジ」が11月2日、東京ミッドタウン日比谷のLEXUS MEETSで行われ、是枝裕和監督と本映画祭クロージング作品『ハムネット』の監督で、黒澤明賞を受賞するクロエ・ジャオ監督による対談が実現した。

今年で6年目を迎えた交流ラウンジは、東京に集う映画人同士の交流の場となるべく企画されたプログラム。ステージに登壇した是枝監督が「今はちょうど新作(『箱の中の羊』)の撮影中なので本当に今日1日だけ、クロエさんに会うためにこの映画祭にやって来たんですが、このラウンジで誰と話したいですかみたいな会議をするたびに、クロエさんの名前を僕が出していて、ようやく実現したということです」と明かすと、ジャオ監督も「わたしは是枝監督の大ファンなので、是枝監督に言っていただいた言葉に本当に感動しています」と感激した様子を見せた。

映画祭クロージング作品となる『ハムネット』をひと足先に鑑賞したという是枝監督は「今日、お話をするために試写室を用意していただいて、スタッフとふたりだけで映画を拝見したのですが、本当に感動して涙が止まらなくなってしまって。試写室に他に誰もいなくてよかったと思うくらい」と語る。その理由として「なぜ自分が物語を書くのか、なぜ映画を撮るのか、なぜ悲しい話を書くのかという、そういうことをすべて包み込んでくれた……肯定してくれたと言うとちょっと強すぎるかもしれないけど、そういう思いにさせてもらった。それはおそらくものを作っている人間だけではなく、映画館に人が集まること、人と一緒に悲しい物語に触れることも含めて、とても大きなテーマを描いている作品だなと感じました。こんな作品を作っていただいてありがとうございました」と述べる。

一方のジャオ監督は、是枝監督の『ワンダフルライフ』を改めて鑑賞したそうで、1時間ほど泣いたことを明かす。そのため、本イベント開始前の控え室で是枝監督に『ワンダフルライフ』と『ハムネット』が似たフィルムではないかと告げたという。「なぜならわたしたちの人生を、それが喜びであっても、悲しみであっても、自分自身の人生を鏡のように見ることになった時に、クリエイターとして、ストーリーづくりも含めて、その体験が有益であるのだと思わせてくれたからです」。

是枝監督は、『ノマドランド』をはじめとしたジャオ監督の作品を「主人公と一緒に旅をしていくような作品」であると指摘する。「どこに物語がたどり着くのか、まさに人生のように分からない。その旅に寄り添っていくような監督の目線がすごく好きなんです。もちろん『ハムネット』は旅の映画ではないんですが、同じように感じました。題材が全く違う、時代も違うのに、やはり監督のまなざしは変わらなかった」。

その指摘に深くうなずいたジャオ監督は、『ハムネット』のクライマックスに関して「実はこの映画のカタルシス、ビッグモーメント、1番の感情の解放という部分は脚本にはなかったんです。わたしが映画づくりをする時はエンディングが分からないんです。もちろん文字では書いていますし、言葉で見るといい言葉なんです。だからこそ予算がついて、製作にゴーサインが出たわけですが、でも実際の演技と言葉では違うんです」と明かす。

そのため俳優には毎日セットに来てもらうように頼んでいるのだと語る。「わたしは監督でもあり、ライターでもあるので、(映画の)半分は知っているんですが、半分は分からないんです。本当に人生というものがセットの中で起きて、そこで初めて知ることになるんです。是枝監督も現場で様子を見ながら内容を変えたりすると聞きましたが、それはわたしも同じで。ものすごくストレスがかかることなんです。だってあともうちょっとで完成なのに、まだ完成できない。でもそれこそがまさに人生そのものだと思います」。

そしてその製作スタイルには、是枝監督も深く共感するところであるようで「これは準備不足の言い訳のように聞こえると嫌なんですが、ちょうど今、セットで撮影をしていて、残りがあと2週間ぐらいなんです。今、スケジュール表を見ながら、この日はこの役者とこの役者がいるから、もうワンシーン増やすことができるんじゃないかと。実はもうラストシーンは撮り終えているんで、そこに至るプロセスで、あとは何ができるだろうかと考えるんです。撮影のセットの空間に自分が立って、役者のイメージを膨らませながら、そこで台本を書き直していくという作業がとても好きで。スタッフはみんなハラハラしてると思うんですけども、そうやって出来上がったものは間違いがないものになる。やはり現場で発見されたものが一番、豊かだなと感じているんです」と語る。

さらに話題は編集に及ぶ。「僕は撮影と同時に、夜は事務所に戻って。できればその日撮ったものを一旦編集してみて。翌日の撮影の変更を出したりもするんです」と明かす是枝監督に、ジャオ監督も驚いた様子で「夜に編集をされているんですか? わたしは8時間の睡眠がないと仕事ができないので、夜は寝ていますよ」と返答し、会場は大笑い。

是枝監督も「もちろん若い頃ほど無茶はしなくなりましたし、僕だって寝ています。ただ今は現場に子どもがたくさんいる撮影なので、なるべく晩ご飯の前には終わるようにしていますし、翌日までの時間をどう開けるかなどは映適(日本映画制作適正化機構)のルールを守りながらなので。かつてルールがなかった時代はほとんど寝られないような状況はありましたが、今はそれも改善されてきました。特に僕の撮るような子どもが現場にいる撮影に関しては、長くは撮れないというのは前提としてスケジュールを組んであるので、緩やかにはなっています。もちろんスタッフがちゃんと寝られるのかというのが今一番気になることなので、そこはできるだけきちんと休みを取りながらとは思っています」と説明。その言葉に感心した様子のジャオ監督は「わたしは(撮影をしながら)編集はしないですね。スタジオの人に何も見てほしくないから」と冗談めかしてみせて会場を笑わせた。

その後も是枝監督からジャオ監督に「母国語でないところで撮る面白さは?」「ハムネットのクライマックスが生まれた経緯」「ドキュメンタリーではなくフィクションで撮影する理由」などを質問。一方のジャオ監督からも、是枝監督に「現場に入った時はどういうプロセスで映画をつくっているのか」「俳優とはどういうやり取りをしているのか?」「是枝作品は、日常のささやかなことを描く中で突如エモーショナルな感情に揺り動かされるが、それは意識している?」「人生の理念は?」といった質問がぶつけられ、それに対して深く語り合った。

そして会場からのQ&Aが行われ、次回作について質問されたジャオ監督は「ストーリーはわたしが選ぶというよりは、ストーリーが私を選んでくれると思っています。準備が整った時に空から降ってくる感じだと思うので今はそのタイミングを待っているところです。最初のわたしの3つの映画はアイデンティティについての映画でした。『エターナルズ』と『ハムネット』は人々がひとつになるという話なんです。われわれが別々に存在しているという幻を打ち破るということ、そしてひとつになるということ。そういうものがわたしにとっては重要で、そういうものを語りたい。『エターナルズ』『ハムネット』に続く3つ目の作品としてはそういう作品にしたい」。

さらに「次の作品の脚本や企画の構想は、今の作品を撮っている時に既に考えているのか?」という質問が。それには「今年は2本の作品を撮影していて。今は来年撮る作品の脚本を春には上げていて。今の作品が終わったらその準備に入ると思うんですけど。その裏で、2本の編集をしなくちゃいけないんで、大変だなと思っているんですが。ただ脚本は、ある程度の準備ができた時に、ランダムにいろんなシーン思いつくんで、それをえいやっと1列にバーッと並べて。シーン1からラストシーンまで、2日間くらいで一気に書くんです。もちろんそれはたたき台なので、そこから修正はしますけども、通して書くのはそのぐらい。同じ人物が浮かんだ時、その人物が走り始めたら、終わりまで走り切らないと。途中で止まると違うものになっちゃうので。そこは1度で同じ勢いでやってしまわないと、なんか変わっちゃうんですよね」という是枝監督に「2日!?」と驚きを隠せない様子のジャオ監督。「本当にすばらしいです。きっとハリウッドの方も気に入ると思います。ちゃんと期限通りに脚本を仕上げてくださるんですから」と語ると、是枝監督も「それはちょっと後で話をしなきゃいけないですね」と笑いながら締めくくった。

第38回東京国際映画祭は、11月5日まで開催。
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